マイナス金利が起きる理由
2015年1月に、スイスで長期金利(10年債の利回り)がマイナスに転じるという、人類史上初めての珍事が起きました。隣国ドイツでも、既に短期金利がマイナスになっているなど、ユーロ圏ではマイナス金利が恒常化しつつあります。マイナス金利とはつまり、国債を保有していれば損失が発生する事を意味します。なぜスイスやドイツでは、政府や中央銀行はマイナス金利という異常事態を容認しているのでしょう?
国債のマイナス金利が起きる理由の一つは、銀行に国債を買わせず、融資を増やさせたいためです。銀行が国債ばかり買って貸出に回さない状態だと、国内の資金循環が停滞して景気が回復しません。国債を買えば損失が出る状態にしておけば、銀行は企業への貸出にシフトせざるを得なくなります。つまり、銀行が民間企業への融資を増やさせる為の強制政策だとも言えるのです。
二つ目の理由は、デフレが深刻化している事への対策です。金利は常にインフレ率と等しい水準でないと、経済は破綻します。例えばインフレ率が10%と高い状態なのに金利が3%しか無ければ、1年で購買力が7%ずつ目減りしていく計算になります。これだと国民も企業も、お金を貯めずに使い切らなければ損だという心理になるので、消費が過剰になり、ますますインフレが進みます。
デフレの場合はこれと逆です。物価が年率−1%なのに金利が3%あれば、消費せずに貯蓄しようというバイアスが強まり、物が売れなくなるので増々デフレが進み、景気が悪化します。デフレを解消するには、物価水準よりも金利が低ければ、消費や投資を増やすバイアスが働きます。インフレ率が-1%なら、金利が-1.5%とか2%とか、物価よりも低い水準になればよい訳です。
ユーロ圏ではギリシャ危機以降、長らくデフレ圧力が続いており、景気の足かせとなっていました。長期金利がマイナスに転じたスイスでは、物価上昇率が−0.5%(2015年1月)というデフレ状態です。同時期にドイツも−0.4%です。これらの国では、金利もマイナスにしなければ、経済が悪化していく訳です。
マイナス金利の本質を一言で表すと「強引な金融緩和(景気対策)」だと言うことです。
それでも国債が買われる理由
もしマイナス金利で誰も国債を買わなくなれば、国債価格が暴落する事になります。しかしドイツやスイスでは、マイナス金利になって以降も、相変わらず金融機関はある程度は国債に投資しており、暴落など起きていません。
マイナス金利でも国債が売れる理由は、それでもタンス預金するより低コストだからです。一般国民は、金利がマイナスだと「家で現金の形でおいておく(タンス預金)」という方法を使えます。しかし機関投資家は、保有する金額が数百億円単位という大規模になるので、タンス預金することは出来ず、単純に現金で保有しておくだけでは(セキュリティなどの面で)コストが掛かります。国債がマイナス金利でも、現金のまま保有しておくコストよりも安ければ、買った方がマシだと言う訳です(※注1)。
もう一つの理由として、国債は金融機関同士の短期資金の融通の際に、担保として利用できるという意味もあります。よって機関投資家は、たとえマイナス金利であっても、国債の形で保有しておく方が有利になる訳です。ですから、ドイツやスイスがマイナス金利でも国債の暴落は起きず、購入が絶えないのです。
※注1;イギリスの大手金融機関バークレイズによると、機関投資家がキャッシュのまま保有していると、年率1%くらいのコストになるという試算があります。
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